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犬の探索行動とは何か|本能的欲求が満たされることで起こる、脳と行動の変化

探索(Exploration)の定義

犬の「探索」とは、単なる移動や遊びではありません。それは、犬という動物種が生まれながらに備えている感覚器(Sensory)——視覚、聴覚、味覚、嗅覚、体性感覚(触覚・位置覚・振動覚・痛覚・温度覚)——を用いて、環境情報を収集し、脳へ送り、処理を行う一連の行動プロセスを指します。

具体的には、以下のような行動が挙げられます。

  • 目を向けて見る
  • 鼻を向けて嗅ぐ
  • 嗅覚情報を舐めとる
  • 耳を向けて集音する

など。

これらは、生物として「生存に必要な欲求」に基づいて行われる行動です。そのため、伴侶動物として人に飼育されている犬であっても欠かすことはできず、犬のQOL(生活の質)を維持・向上させるためには、質的・量的に豊かな探索の機会を提供することが不可欠です。

探索のメカニズムと効果

脳への直接的な刺激

探索行動を行うと、嗅覚情報は嗅上皮を介して脳の主嗅球へ、フェロモン情報は鋤鼻器(ヤコブセン器官)を介して副嗅球へと送られます。これにより、探索は単なる「気晴らし」ではなく、脳に直接刺激を届け、神経活動を活性化させる行動であることが分かります。

満たされた場合の効果

探索欲求が十分に満たされると、

  • 脳と体が程よく疲れる
  • 必要な欲求が満たされる

その結果として、

  • 行動が落ち着きやすくなる
  • 学習効率が向上する

という変化が見られます。

さらに長期的には、

  • 認知機能の維持
  • 健康寿命の実現

にも寄与します。

妨げられた場合のリスク

一方で、探索欲求が満たされない状態が続くと、犬は「欲求不満」というストレスを抱えることになります。

これは、

  • イライラしやすくなる
  • 怒りやすくなる
  • 不安や恐怖を感じやすくなる

といった状態につながり、結果として、

  • 吠え
  • 咬み

などの問題行動の発生リスクを高めます。
長期的には、認知機能の低下を招く可能性も否定できません。

【実践・屋外編】「土に戻す」安全な探索

基本方針:管理の元の、自由

「汚い」「危ない」とすべてを禁止するのではなく、ある程度自由にやらせてあげることが基本方針です。
探索は、犬にとって種として自然であり、必要不可欠な行動だからです。

安全性への獣医学的知見

健康な成犬が少量摂取する分には、基本的に問題ありません。

虫や土
乾燥したミミズやセミの抜け殻は、漢方薬の材料としても用いられています。土や砂を少量摂取することが、ミネラル補給目的で行われる場合もあります。

危険なもの(即受診)

  • タバコ(ニコチン)
  • ガム(キシリトール)
  • 串や紐などの物理的に危険な形状の物
  • 有毒植物、毒エサ

これらは命に関わるため、直ちに動物病院を受診する必要があります。

獣医学的監修
あじな動物病院長 獣医師 中西遵
※本ページにおける医学的安全性に関する記述について監修を受けています。

安全確保のポイント

場所選び
除草剤が使われていない草むらや、清掃された道・公園を選びます。
宴会跡地やポイ捨ての多い場所は避けます。

見守り
安全確認ができたら、過度に干渉せず見守ります。
「ダメ」「汚い」を繰り返すことは、かえって犬の執着を強め、飼い主を「大事な物を取り上げる存在」と誤学習させてしまいます。

重要:口に入れた時の対応

犬が探索を満喫すると、自ら口から物を出し始めます。
その瞬間が最も重要なポイントです。

OK|自発的なリリースへの報酬
自ら出したら、「えらいね」と褒め、外界の刺激より魅力的なご褒美(大好物)を与えます。

NG|釣り餌(Luring)での回収
食べ物を見せて「釣って」出させようとしてはいけません。
「口に入れれば食べ物が出てくる」と誤学習し、わざと物を口に入れるようになります。

釣り餌は、百害あって一利なしです。

【実践・屋内編】家の中で満たす「宝探し」

屋内で探索欲求を十分に満たしておくことで、屋外での過度な執着を予防することができます。
最も効果的なのが、食事やおやつを使った「宝探し(フードサーチ)」です。

あじな動物病院 行動科 推奨の探索素材

1.野菜(おすすめ No.1)
破壊しても食べても安全で、栄養にもなります。
非常に有用ですが、意外と知られていません。
活用例:白菜の株元におやつを挟む、キャベツの外葉でフードを包む、人参や大根のヘタなど。

2.紙資源
安価で安全、片付けも楽です。
千切る・破くといった本能的行動を思う存分行えます。
活用例:新聞紙、チラシ、封筒、紙箱、ホッチキスのないダンボール。

3.知育玩具
耐久性があり、繰り返し使用できます。
活用例:コング、ノーズワークマット、リッキーマットなど。

過剰な探索の制限が招く「所有性威嚇攻撃行動」

飼い主が探索行動を過剰に妨害し、物を取り上げ続けると、犬は予期せぬ学習(誤学習)をします。

負の学習サイクル

価値の誤認
「飼い主が血相を変えて取りに来る=これは価値がある宝物だ」

関係の悪化
「飼い主=自分から大事な物を奪う相手だ」

生じる問題行動

その結果、探索対象物への執着が増し、

  • 飼い主への意識低下(呼び戻しがきかない、リードを強く引く)
  • 誤飲リスクの上昇(奪われまいとして慌てて飲み込む)
  • 所有性威嚇攻撃行動(唸る、咬む、守る)

といった問題が発生します。

行動変容と治療:臨床プロトコル

すでに「唸る」「咬む」「守る」といった行動が出ている場合の対応です。
※所有性威嚇攻撃行動の治療は、必ず専門家の指導下で行ってください。

Step 1:環境設定(まずは満たす)

行動を変える前に、まず探索欲求を安全に満たす必要があります。

  • リスト化:問題が起きる場所・物・人を特定する
  • 管理・排除:執着対象(例:靴下)を一時的に環境からなくす
  • 安全な提供:執着のない素材(野菜や紙)を使い、安全な場所で探索させる

Step 2:新しい随伴性の学習(13ステップ・シェイピング)

「奪われる」という学習を、「渡せばもっと良いことがある」という学習へ上書きします。
執着を持たない「どうでもいい物」から開始します。

  1. 物を咥えたら褒め、ジャックポット(大量の報酬)
  2. 物を咥えて、飼い主を見たら、同様に強化
  3. 物を咥えて、飼い主に顔を向けたら、同様に強化
  4. 物を咥えて、飼い主の方に体を向けたら、同様に強化
  5. 物を咥えて、飼い主の方に一歩近づいたら、同様に強化
  6. 物を咥えて、飼い主の方に数歩近づいたら、同様に強化
  7. 物を咥えて、飼い主の前まで来たら、同様に強化
  8. 咥えたものを、飼い主の前に落としたら、同様に強化
  9. 咥えたものを、飼い主の膝の上に落としたら、同様に強化
  10. 咥えたものを、飼い主の手の上に落としたら、同様に強化
  11. 咥えたものを、飼い主の手のひらに置けたら、同様に強化
  12. 新しい合図(例:「ちょうだい」)をつける
  13. 合図と行動を十分な回数で定着させる

Step 3:段階的なレベルアップ(物品の価値を上げる)

「どうでもいい物」で安定したら、徐々に価値を上げます。

例:飼い主が着用した靴下が、探索対象として高い価値を獲得している場合
  低価値の物品 → 高価値の物品へ、段階的に移行する

ゴムのメッシュボール

メッシュボール+薄い布

タオル包み

タオルボール

新品の靴下ボール

新品の靴下

足を通しただけの靴下

数分履いた靴下

半日履いた靴下

一日履いた靴下

靴に入れた靴下

ゴール設定

行動変容のゴールは、「環境を元に戻しても問題行動が起きないこと」ではありません。犬と飼い主がお互いに安全で、心地よい時間を無理なく共有できること。それがゴールです。

  • 探索は犬にとって自然で不可欠な行動
  • 屋内で満たすことが最優先
  • 満たしてから屋外へ
  • 安全な探索と適切な教育を習慣化する

探索が日常に組み込まれることで、犬の脳は生涯にわたり活性化されます。

関連解説
犬の行動が変わる仕組み(学習のメカニズム)

中西 薫
あじな動物病院行動科代表
広島県出身
1999年 北海道大学獣医学部入学
2005年 同大学自主退学
「攻撃行動の治療家」を目指し国内外(イギリス、ベルギー、トルコ、デンマーク、アメリカ、オランダ)で修行
2014年 あじな動物病院行動科開設
    (広島県廿日市市)