
「うちのこ、ご褒美欲しさにやってるんです」
愛犬のお困り行動に悩む飼い主さんから、この言葉をお伺いする機会は、決して少なくありません。
近年、褒めて、その犬が好むもの――とくに食べ物をご褒美として与える教え方は、広く知られるようになりました。
これは、犬の心身の状態や学びを尊重するという点で、とても大きな前進です。
一方で、現場では次のような戸惑いも、繰り返し耳にします。
「ご褒美をあげていいのか不安」
「おやつがないとやらなくなるのでは?」
「依存してしまうのでは?」
その象徴が、
「ご褒美欲しさにやっている」という言葉なのだと思います。
正の強化とは何か。ご褒美は何のためにあるのか
結論から言えば、「ご褒美欲しさにやっている」こと自体は、問題ではありません。
褒めてご褒美を与える教え方は、
専門的には 正の強化(Positive Reinforcement) と呼ばれます。
これは、
「できるようになってほしい行動」
「こちらを選んでほしい行動」
――いわゆる 望ましい行動 を、将来も選びやすくするための方法です。
犬が望ましい行動をしている最中、あるいは直後に、
その犬にとって好ましいものを与える。
すると、その行動が再び起こる頻度が高まります。
これが、正の強化の基本的な仕組みです。
※学習の構造について詳しく知りたい方は
「犬の行動が変わる仕組み:行動の結果と学習の構造」をご覧ください。
https://ajinavc-behaviorsec.com/knowledge/learning-mechanism/
ご褒美への反応は、犬によって違う
食べ物をご褒美にしたときの反応は、犬によってさまざまです。
・食べることが大好きな犬
・食より遊びを好む犬
・少食な犬
・偏食気味の犬
これは、人間と同じです。
中でも、
「食べ物なら何でも大喜び!」
というタイプの犬は、ご褒美をもらうと目を輝かせ、はしゃぎ、興奮します。
その姿を見て、飼い主さんはこう感じてしまいます。
「ご褒美欲しさにやっているだけなのでは…?」
でも、それは本当に“問題”でしょうか
少し立ち止まって考えてみてください。
食べ物をご褒美として受け取り、心から喜ぶ。
それは、教育や行動の改善において、実はとても 恵まれた状態 です。
なぜなら、このとき食べ物は
「ただ与えられているもの」ではありません。
望ましい行動を強化するための“強化子”として、効果的に機能している
ということだからです。
「ご褒美欲しさ」は、学びが成立している証拠
強化とは、
「望ましい行動の、将来起こる頻度が高まること」
そして、その役割を果たすものを
強化子(Reinforcer) と呼びます。
犬がご褒美を喜んで受け取っているということは、
そのご褒美が、強化子として機能しているということ。
つまり、
・学びが成立しやすい
・行動を変えることに過度な負担がかからない
・苦しまずに取り組める状態にある
ということを意味します。
これは、
犬に何かを教えたい飼い主さんにとっても、
犬自身にとっても、非常に幸運な条件です。
「理解」が変わると、見え方が変わる
食べ物のご褒美を前にして、
「ご褒美欲しさにやっている」と悩むのか、
「食べることが大好きで助かる」と受け止めるのか。
この違いは、気持ちの問題ではありません。
理解の問題 です。
正の強化の仕組みを知っているか。
ご褒美を、行動を伸ばし、定着させるための道具として理解できているか。
それだけで、
飼い主さんの迷いも、犬との関係も、大きく変わります。
ご褒美欲しさにやっている?
それは、学びやすさという才能です。
「ご褒美欲しさにやっている?」
もしそう感じたなら、
それは愛犬が、行動を学び、変えていく力を持っている証。
犬の行動を長く見てきた立場として、
私はそう伝えたいと思います。
この記事の監修:
中西 薫(なかにし かおり)あじな動物病院 行動科代表
【専門領域:行動科学の統合的アプローチ】
応用行動分析学(ABA)、動物行動学、脳科学、遺伝学、エピジェネティクス、栄養学、獣医学、医学など、多角的な科学的知見をベースに、犬の行動問題を紐解く専門家。
「攻撃行動の治療家」として、科学的根拠に基づき、行動変容および、診療科との連携のもと行動治療を行う。
動物と飼い主、双方のQOL(生活の質)を最大化することを使命としている。

