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犬の行動を評価するとは|問題行動と決める前に知っておきたい判断基準

このページは、犬の行動を「問題行動」と判断する前に、
行動をどのように観察し、記録し、評価するべきかを、
臨床現場の視点から整理した基準ページである。

行動は主観や印象ではなく、目の前で起きている「現象」であり、
評価とはラベルを貼ることではない。

本ページでは、
正常行動/異常行動の区別、
問題の所在(誰にとっての問題か)、
記録に基づく評価の手順、
そして動物福祉の視点までを一貫して示す。

はじめに

愛犬家であれば、誰でも耳にしたことのある、「問題行動 Problematic Behavior」という言葉ですが、

  • 一体どの行動が「問題行動」なのでしょうか。
  • 「問題行動」とそうでない行動の区別とは、なんなのでしょうか。
    そもそもそこに、明確な区別など、存在するのでしょうか。
  • 「問題行動」と決めるのは、誰なのでしょうか。
  • 「問題」とは誰にとっての問題なのでしょうか。
  • どの程度まで「問題」となると、「問題行動」となるのでしょうか。
  • 「問題行動」とは、生まれながらの個性によるものなのでしょうか。


等、
具体的にその定義を考察すると、日常で広く使われている言葉にも関わらず、
その定義が実に曖昧で、主観的であることに、改めて気付かされます。

本文章では、犬の行動を「問題行動」と決めつける(ラベリングをする)前に、
行動を評価すること及びその重要性について、臨床現場の視点から紹介をしたいと思います。

行動は「ラベル」ではなく、目の前で起きている「現象」

どの行動が「問題行動」で、どの行動がそうではないかを論じる前に、
まず、行動とは何でしょうか。

行動とは、目の前で起こる反応(Response)、活動(Action)のことです。
よって、目の前の犬が何をしているかを目で見て認知することが出来れば、
見た全ての人にとって、目の前で犬が行った「行動」は同一のものであり、
そこに見た人の個人的感想を挟む余地は全くありません。

本来、行動とは、誰がどう思うかに左右される主観的なものではなく、
極めて客観的な「現象」なのです。

ですから、犬の行動について、「誰が」「どう思うか」を論じるのではなく、
つまり、短絡的に「良い Good」か「悪い Bad」かを決めつける=ラベルを貼る、のではなく、
まず最初に、行動を記録し、その形態 (Topography)を、
激しさ(Intensity)、頻度(Frequency)、持続時間(Duration)などその詳細とあわせて、
可能な限り正確に把握する必要があります。

正常行動と異常行動

どの観点から分類するかによって、実は行動には様々な分類が存在しますが、
中でも、犬の行動を客観的に観察、評価するために欠かせない分類は、
正常行動 (Normal Behavior)と異常行動(Abnormal Behavior)という分類です。

では、正常行動と異常行動とはどのような行動で、どう区別されるのでしょうか。

正常行動とは

犬 (Canis lupus familiaris)が、その動物種として行うよう、
遺伝的に決定づけられている行動のことで、
種としての行動レパートリーに含まれる行動のことを表します。

犬がその動物種として行うべき行動については、
獣医学・医学、遺伝学、動物行動学が主にその科学的根拠となります。

  • 獣医学・医学的根拠
    自律神経反応などの生体反応の他、
    体の内及び外部の形状とその機能(例えば、歯や消化器官など)から、
    その部分を生存のためにどのように使うか、
    言い換えると、どのような行動で使用するか、
    等を科学的に推測することが出来ます。

    例:嗅覚情報の収集と処理を行う犬特有の体の器官は、鼻の嗅上皮と脳の主嗅覚ですが、
      この器官の存在、そして形状から、
      犬という動物にとって、地面の匂いを嗅ぐ行動や、匂いを舐め取る行動は、
      種として行う「正常行動」であると推測することが出来ます。

  • 遺伝学的根拠
    A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)の四つの塩基の配列を解明することで、
    犬という動物種が持っている遺伝情報を明らかにすることが出来ます。

    例:祖先を同じくする野生動物である狼の遺伝情報との比較を行うことで、
      狼とどの程度の割合で遺伝情報か相同かを判定出来、
      それにより、狼が行う行動、
      例えば、コミュニケーションに用いられる、
      プレイバウ(Playbow)と呼ばれる行動を、
      犬が種として行う「正常行動」であると推測することが出来ます。

  • 動物行動学的根拠
    主に、一万数千年前に始まったとされる人類による家畜化(Domestication)を経て、
    狼と祖先を同じくする野生動物から現在の伴侶動物へと姿を変えた犬を、
    その行動の特性や傾向(Behavior Predisposition)から紐解く学問という観点から、
    祖先を同じくする狼の行動や、
    家畜化で獲得する必要のあった行動などを、
    科学的に推測することが出来ます。

    例:人が視線を向けた先を見る行動や、
      人が指差した先を見る行動は、
      犬が家畜化の過程で、人の伴侶動物として獲得した行動であることが、
      動物行動学の行動実験から明らかになっています。

よって、これらの行動は、
犬という種にとっての「正常行動」と言うことが出来ます。

補足:
オペラント条件付けの正の強化の由来である応用行動分析学では、
行動は、万人が視認できるものとして定義されるため、
そもそも、正常行動/異常行動という定義を持ちません。
よって、応用行動分析学においては、
正常行動/異常行動という行動の定義と分類そのものが、
行動にラベリングをする決めつけであるという批判を受けることも少なくありません。
正の強化を教育として選択する立場と、
科学的根拠に基づいて行動を観察・評価する立場は、
犬の飼い主には概して同じ立場に見えますが、
どの学問に根拠を求めるかによって、
行動の定義も違ってくるということを如実に表しています。
近年この違いにより混乱する飼い主も少なくないと、
臨床現場で実感しています。

異常行動とは

犬が、その動物種として行うよう、
遺伝的に決定づけられている行動のレパートリーには含まれない行動、
行動レパートリーから逸脱した行動のことを表します。

正常行動と同様、
獣医学・医学、遺伝学、動物行動学が主にその科学的根拠となります。

例えば、
犬が遺伝的に持つ食性(Food Habit)から逸脱し、
大量に岩石を噛み砕いて食物として摂取する行動は、
種としての行動レパートリーから逸脱した
「異常行動」である、と言うことが出来ます。

異常行動は、
その行動が引き起こされる背景情報や原因とは本来関係なく、
種としての行動レパートリーに含まれる行動か否かで
同定されるのがポイントです。

正常行動であって異常行動ではないのに、「問題」となる場合

犬の動物種としての行動レパートリーに含まれる行動は、
「異常行動」ではなく、「正常行動」に分類されますが、
正常行動であっても、
その激しさ(Intensity)、頻度(Frequency)、持続時間(Duration)などの特徴が
正常の範囲内から逸脱する場合に、問題となります。
(誰にとって問題となるかは、後述を参照のこと。)

例えば、
お手入れ(Grooming)行動として、
犬が前足の毛を舐めて毛繕いする行動ですが、
その部分が汚れていない(=お手入れする必要性が高まっているわけではない)にも関わらず、
舐め方が非常に激しかったり、
昼夜を問わず頻回に舐めていたり、
例えば数時間通して舐め続けたりする場合は、
正常行動でありながら、
その程度が正常の範囲を逸脱している、と判定されます。

このように、
「正常行動/異常行動」の区別と、
「問題行動」の区別は、同義ではありません。
また、その間に相関関係も存在しません。

行動の評価

では、犬が行う「行動」は、「問題行動」というラベルとは関係なく、
どのように評価されるべきなのでしょうか。
臨床現場における行動の評価の手順を紹介します。

1.まず記録する

繰り返しになりますが、
行動とは「現象」という極めて客観的なものです。
まずは行動を記録し、その実態を可能な限り正確に把握する必要があります。

記録の最重要ルール
行動を一つに絞りこんで、その一つの行動のみの記録をつけること。
(複数の行動を記録が必要な場合は、必ず行動毎に記録用紙を作成します。)

記録する項目
一つの行動について、その発生状況を詳細に記録します。

行動の発生日時:When
行動のきっかけ(となった刺激):Trigger / Antecedent
行動とその詳細(激しさ、頻度、持続時間など):Details
行動の対象者(居れば):To whom
行動の結果(対応/対処):Result / Outcome / Consequence

記録の実例(吠えの記録)
以下は、実際の行動記録の一例です。
行動の内容だけでなく、誰が・どのような対応を行ったか(結果)を具体的に記録することが重要です。

日時(When)|誰に(To whom)|どんな状況(Trigger)|どんな行動(Behavior)|どう対処したか(Result)

6/1(月) 13:00|母|犬と一緒にリビングでくつろいでいる時、母が体勢を変えたら足が当たった|ウーと唸る|足が当たらない位置に移動した

6/3(水) 16:00|娘|学校から帰宅後すぐになでようとしたら|ワンワンと吠える|母が犬を呼び寄せ、娘は自室へ戻った

6/6(土) 18:30|父|散歩に行こうとハーネスを付けようとしたら|ワンワンと吠えながら後ずさる|一度中止し、時間をおいてからおやつを与えつつ装着した

日時
(When)
誰に
(To whom)
どんな状況
(Trigger)
どんな行動
(Behavior)
どう対処したか
(Result)
6/1(月) 13:00犬と一緒にリビングでくつろいでいる時、母が体勢を変えたら足が当たったウーと唸る足が当たらない位置に移動した
6/3(水) 16:00学校から帰宅後すぐになでようとしたらワンワンと吠える母が犬を呼び寄せ、娘は自室へ戻った
6/6(土) 18:30散歩に行こうとハーネスを付けようとしたらワンワンと吠えながら後ずさる一度中止し、時間をおいてからおやつを与えつつ装着した


また、行動は視認できる「現象」であるので、
可能であれば、実際の行動を動画に撮影し、
記録とあわせて観察することも大事です。

2.記録を基に、評価する

記録から、評価を行う対象の行動の実態を
可能な限り正確に把握した上で、
以下の点を評価します。

  • 正常か異常か
    正常な場合、その激しさや頻度、持続時間などは
    正常の範囲内であるか、逸脱しているか。
  • 被害の実際
    犬・飼い主・地域社会の三者の被害程度と、緊急性。
  • きっかけ(Antecedent)の操作 
    きっかけ刺激の同定、その除去・回避・減弱は現実的に実行可能か。
  • 結果(Consequence)の操作
    結果(犬にとって快か不快か)の同定、その除去・回避・減弱は現実的に実行可能か。

3.行動の調整や変容、薬物治療の考察

記録に基づき評価を行い、
以下の必要性を飼い主の感想、希望とあわせて考察します。

  • 環境を変えることで行動が起こらなくなるようにする(抹消)
  • 行動を減弱させる(調整)
  • 行動を異なる行動に置き換える(変容)
  • 行動治療薬を用いた薬物治療を行なう(治療)

これが、
ただ迷惑だから「問題行動」であると決めつけるのではなく、
観察して記録し、実態を評価するという
臨床現場の手順です。

「こう思う」から「記録する」へ

情動認知と情動伝染

犬は野生動物から伴侶動物へと変化する過程で、
野生動物にはない
「人の感情を感じ、共有する力」を手に入れました。

情動認知(Emotional Cognition):人の感情を感じる能力

情動伝染(Emotional Contagion):人と感情を共有する能力

現代社会で最も犬に求められるのは、
大型の肉食獣から人間を守る力ではなく、
共に笑い、時に共に悲しんでくれるこれら能力なのかもしれません。

動物福祉(Animal Welfare)とは

犬は、
情動認知や情報共有といった能力ゆえに、
教えていないのに人の気持ちが分かります。

しかし、それゆえに、
「言わなくても分かる犬」
「教えなくても出来る犬」
が賢く優秀な犬であるという誤解と迷信を、
人が抱く事になったのもまた、事実です。
この、誤解と迷信は大いなる間違いです。

犬の行動を、
観察し、記録し、
記録に基づいて客観的に評価することは、
決して難しいことではありません。

しかしそれを阻むのが、
時として私たちの犬への愛情と、
その愛情からの期待であるとすれば、
それはあまりにも皮肉で残念なことではないでしょうか。

行動を理解することは、
犬という動物を理解すること。

犬という動物を理解するとは、
犬自身を主語に置き、
その心身の幸福について科学的根拠を持って考察を行うということ。

この、人間ではなく、
「犬自身を主語に置く」ことこそが、
日本でもようやく広まり始めた
動物福祉の基本理念です。

補足
犬の行動が変わる仕組みについては、詳しくはこちらをご覧ください。

犬の行動評価に関するよくある質問

犬の問題行動とは何ですか?

犬・飼い主・地域社会のいずれか、または複数にとって、
心身や資産に害が生じている状態として受け取られる行動を指します。
行動そのものが良し悪しで決まるものではありません。

正常行動でも問題になることはありますか?

はい。正常行動であっても、
激しさ、頻度、持続時間などが通常の範囲を逸脱し、
誰かにとって害が生じている場合、治すべき問題として扱われる場合があります。

中西 薫
あじな動物病院行動科代表
広島県出身
1999年 北海道大学獣医学部入学
2005年 同大学自主退学
「攻撃行動の治療家」を目指し国内外(イギリス、ベルギー、トルコ、デンマーク、アメリカ、オランダ)で修行
2014年 あじな動物病院行動科開設
    (広島県廿日市市)