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犬の行動が変わる仕組み|行動の結果と学習の構造

犬の行動は、偶然に変わるものではありません。「叱る」「褒める」といった方法論より前に、行動がどのような仕組みで成り立ち、どのように変化していくのかを理解することが欠かせません。ここでは、行動学・学習理論、そして臨床で積み重ねてきた経験をもとに、犬の行動が変わるしくみを解説します。

検索エンジンで頻繁に問われる、犬の行動に関する核心的な質問に、まずお答えします。

Q1. 犬の行動が変わるメカニズムは?
犬の行動は、単なる偶然ではなく、その行動のあとに生じる結果によって変化する現象です。どのような随伴性(随伴:行動と結果のつながり)が繰り返されたかが学習の履歴として蓄積され、それが犬が次にどのような行動を選択するかを形作ります。

Q2. 行動の学習の構造:随伴性(随伴)とは?
行動の学習の正確なメカニズムは随伴性(随伴、Contingency)と呼ばれ、以下の三つの要素のつながりです。 きっかけ刺激 → 行動→ 結果 この一連の流れにより、犬は「どの刺激のあとに、どの行動をとると、どの結果が得られるか」を学習します。

Q3. 行動変容(Behavior Modification)の目的は何ですか?
行動変容の主な目的は、望ましくない行動を直接「やめさせる」ことではありません。学習を通して、犬が別の、望ましい行動を選択できるように働きかけることです。 これは主に正の強化を用い、問題行動以外の行動(他行動分化強化:DROや、非同立行動分化強化:DRIなど)を強化することで、結果として問題行動の発生頻度を下げる手法です。

Q4. 行動治療における「治療薬」の役割は何ですか?
行動治療薬の役割は、恐怖、不安、葛藤といった強い情動反応を緩和し、脳の学習効率を引き上げることです。 薬物は、学習が安定して成立するための心身の状態を整える医療的な手段であり、薬物だけで行動の問題を「治す」ことはできません。行動を変える中心はあくまで学習(行動変容)です。

犬の行動はなぜ結果によって変わるのですか?

行動が変わる仕組み:行動は結果によって変化する


犬がある行動を頻回にするようになるのは、その行動のあとに生じる結果が、犬にとって好ましいものになっているからです。逆に、その行動をしなくなるのも、結果が関与しています。 “その行動をしたら、どんな結果が返ってきたか” を繰り返し経験することで、犬は「次にどの行動を行うか」を選択決定するようになります。

行動の選択:学習の履歴は性格や気分よりも重要ですか?


いわゆる性格や気分ではなく、脳に蓄積された学習の履歴が、行動選択の大部分を形づくります。行動に続く「結果」の種類がわかると、その行動が増えるのか/減るのか、どちらの方向へ変化しやすいのかを、より正確に理解できます。

行動に続く結果と、その働き(随伴性)とは何ですか?

随伴性(随伴)の定義(Contingency)


行動には、その行動が起こるきっかけとなる刺激が存在します。この、きっかけの刺激と、それが引き起こす行動、そして、その後に続く結果のつながりを、学習理論では、随伴性(随伴、Contingency)と呼びます。この三つの項目のつながりは、三項随伴性(Three-Term Contingency)と呼ばれます。

行動を変化させる結果の3つのプロセスを教えてください

ここでは、結果が行動を変化させる代表的な三つのプロセスを整理します。

1|行動の頻度が増えるという結果:強化(Reinforcement)とは?

強化の定義と「正」と「負」の区別

強化とは、行動の将来の生起頻度が増えることです。強化における「正」「負」という区別は、刺激の性質(快・不快)ではなく、刺激の変化形式(出現・除去)を示します。

強化の2種類

  • 正の強化(R+): 刺激が出現するという変化形式により、行動頻度が上がる。

    ・例: 座ったら食べ物が提示される。結果、座る行動は増える。
  • 負の強化(R−): 刺激が除去されるという変化形式により、行動頻度が上がる。

    ・ 例: 座ったら怒鳴り声が止む。結果、座る行動は増える

2|行動の頻度が減るという結果:弱化(Punishment、罰)とは?

弱化の定義と「正」と「負」の区別


弱化とは、行動の将来の生起頻度が減ることです。弱化における「正」「負」という区別は、刺激の性質(快・不快)ではなく、刺激の変化形式 (出現・除去)を示します。

弱化の2種類

  • 正の弱化(P+) 刺激が出現するという変化形式により、行動頻度が下がる。

    ・ 例: 吠えたら怒鳴り声が提示される。結果、吠える行動は減る。
  • 負の弱化(P−) 刺激が除去されるという変化形式により、行動頻度が下がる。

    ・ 例: 飛びついたら大好きな飼い主が背を向ける。結果、飛びつく行動は減る。

3|強化を差し控えるという結果:消去(Extinction)とは?

消去の定義と例


消去は、行動を維持していた強化子が提示されなくなる操作です。

  • 例: 吠える → 飼い主が振り向かない(注目という強化子が差し控えられる)

なぜ一時的に行動が増えるの?:消去バースト(Extinction Burst)

消去では、消去バースト(Extinction Burst)という代表的な現象が生じます。強化子が差し控えられると、一時的に行動が増えたり、激しくなったりする現象です。これは犬が「試している」のではなく、過去の強化の履歴によるものです。

消去の臨床的注意点


消去のみでは情動が不安定になるため、臨床では単独で用いるべきではありません。心身の評価、環境整備、望ましい行動の強化と組み合わせて使います。

行動は心身の「状態」によっても左右されますか?

心身の状態が行動に影響する理由


行動は結果で変化しますが、犬が置かれている心身の状態も大きく影響します。状態が不安定だと、学習の土台が揺らぎ、行動の変化が困難になります。

状態を構成する主な要因は何ですか?

状態に含まれる要因の例:

  • 身体の健康(痛み・違和感)
  • 栄養、睡眠・休息
  • 行動欲求の充足(ニーズとエンリッチメント)
  • 情動状態(恐怖・不安・葛藤・過興奮など)

臨床的対応:まず身体の状態を整えることの重要性

痛みや違和感など、身体の状態が行動に影響する可能性がある場合、診療科と連携し、まず身体の状態を整えるところから介入を始めます。身体の状態を整えることは、臨床上の最優先事項です。

行動変容(Behavior Modification)と行動治療(Behavior Treatment)の違いは何ですか?

行動変容(Behavior Modification)とは?

行動変容とは、犬に学習を促し、その結果として行動が変わるように働きかけることであり、主に正の強化を軸とした学習理論に基づいて行われます。

行動変容で使われる代表的な操作(DRO、DRI)

行動変容では、問題となる行動そのものを直接「減らす」のではなく、別の行動を強化することにより、結果として問題行動の発生頻度を下げる学習操作が用いられます。

  • DRO(他行動分化強化): 問題となる行動以外の行動を強化する。
  • DRI(非同立行動分化強化): 問題行動と同時に成立しえない行動を強化する。

行動形成(Shaping)は行動変容とどう関係しますか?

行動形成(Shaping)は、強化したい行動が犬のレパートリーにない場合に、その行動そのものを構築するための手段として行動変容の中で必要に応じて使用される技法です。DRO、DRIと同列の操作ではなく、目的の行動を作るための手技です。

行動治療(Behavior Treatment)とは?

行動変容を行う必要があっても、犬が現在の状態では学習が成立しにくい強い情動反応(恐怖・不安・葛藤・過剰興奮など)がある場合に、主に行う治療です。

行動治療薬が必要となるのはどのような例ですか?

行動治療薬の使用は、以下の犬側の情動・獣医学的理由や、飼い主・家庭・地域社会の事情を総合して判断されます。

  • 情動・獣医学的理由: 恐怖症、不安症、常同障害、激しい威嚇攻撃行動など、HPA軸が強く活性化し学習効率が著しく低下している状態。
  • 飼い主側の理由: 金銭的・体力的・気力的に余裕がなく、トレーニングの継続が現実的に不可能な場合など。
  • 地域社会側の理由: 吠え・威嚇・攻撃などによる近隣との関係悪化が深刻で、スピードを要する対処が求められる場合など。

行動形成(Shaping)が犬のQOL(生活の質)を高めるのはなぜですか?

行動形成(Shaping)の定義と特徴

行動形成は、犬が「今できる行動」を起点に、目的の行動へ向けて強化の対象となる行動の基準を段階的に切り上げていく方法です。

特徴: 犬にエージェンシー(自己決定権)を与えられる、心理的・身体的負担が少ない、幅広い行動の教育・治療に応用できる、など。

行動形成が犬のQOLを高める理由

行動形成は、犬の自由度(エージェンシー)を高めます。犬は随伴性(随伴)を明確に学習することで、「望む結果を得るために、どの行動を選べばよいか」を自ら判断し、選択できるようになります。この選択の自由が増すことが、生活の安定とQOLの向上に直結します。

「しつけ」と「行動変容」のアプローチは何が違いますか?

一般的な「しつけ」のアプローチ

一般的な「しつけ」は主に、求める行動以外を行う選択肢を犬から奪うことで、犬に求める行動を実行させるアプローチです。このため、犬のエージェンシー(自己決定権)は低くなりがちです。

行動変容のアプローチ:随伴性(随伴)の再構築

行動変容は、行動の背景にある環境、情動、学習の履歴を理解するところから始まります。正の強化を用いて随伴性(随伴)を再構築し、犬自身が好ましい結果を得るために行動を選択・実行できるよう導きます。これにより、犬のエージェンシーは非常に高く保たれます。

犬の行動が変化するまでの臨床プロセスを教えてください

行動変容の4つのステップ

行動が変わるまでには、以下の流れがあります。

1.評価(Assessment):
行動の背景にある環境・身体・感情・学習を分析し、「なぜその行動が起きているのか」「その行動はどのように機能しているのか」を明らかにする段階。

2.計画(Planning):
評価で見えた要因をもとに、犬と飼い主に適した行動変容のプラン(環境の整え方、介入の順序など)を組み立てる。

3.実践(Implementation):
計画したアプローチを、負担の少ない形で日常の中で実行する。

4.調整(Adjustment):
実践で見えた行動の変化を確認し、必要に応じて環境や方法、介入順序などを調整する。

実例:散歩中の吠え行動が改善するまでのプロセス

ここでは、臨床現場で実際に行われる評価・計画・介入・調整のプロセスがどのように行動変化につながるのかを、ケースを用いて示します。

状況

散歩中、他犬を見ると二本足で立ち上がり、強く吠え続ける。
この時点では、「怖くて吠えているのか」 「興奮しすぎて制御できないのか」表面的な行動だけでは判断できません。 行動を読み解くためには、背景を丁寧にほどく必要があります。

背景にあった要因

1.生活の状態: 散歩以外の時間が単調で、探索など行動欲求を満たす機会が乏しかった。そのため、聞こえてくる音など外環境の刺激に対して反応しやすい状態になっていた。

2.環境の条件(距離・向き・頻度など): 他犬との距離が、その犬にとって「近すぎた」。正面から向かい合うルートが続き、精神的プレッシャーが強すぎた。他犬と出会うことが多い時間帯であった。曲がり角で急に出会う等、予測しにくいタイミングで他犬との鉢合わせが起きていた。など。

3.情動と、学習の履歴: 子犬期に十分な社会化経験が得られなかった。過去に散歩中、他犬に対して不快な経験をした。吠える → 相手が遠ざかる、という経験が繰り返された。(実際は相手の犬が散歩で移動しただけでも、犬にとっては「自分が吠えたら他犬が遠ざかった」という負の強化が成立。など。)

4.飼い主側の状態: すれ違い場面になると、飼い主の体が強く緊張していた。その緊張が犬に伝わり、犬の情動にも影響していた。

これら1−4の要因が同時に働き、「吠えやすい条件」が成立していた。

行ったこと(評価 → 計画 → 実践 → 調整)

1.生活の再設計: 散歩以外の時間にも、探索など行動欲求を満たす機会を増やし、日常生活の質を上げた。学習の基盤が不安定なまま散歩の練習を行っても、学習が進まないため、安定した行動変化は得られない。

2.環境整備(距離・向き・頻度など): 他犬に出会う頻度が低い時間帯とルートへ切り替えた。正面から向かい合わないよう、歩く動線を変更した。まずは「吠えなくて済む距離」を確保した。

3.行動変容(Behavior Modification): 匂い嗅ぎなど探索ができる環境を整え、ストレスの発散を行い、情動の安定に取り組んだ。飼い主へ自発的に意識を戻す行動などの、吠える行動以外の行動を強化した。強化した行動に対して、段階的に外部刺激を加える般化練習を段階的に行った。

4.飼い主側の緊張緩和: 犬が他犬を見たときに飼い主がどう動くかを、あらかじめマニュアル化した。飼い主の緊張が和らぐことで、犬にも余計な緊張が伝わりにくくなった。

ここまで来てようやく、「吠え以外の行動を選択出来る条件」 が整います。

結果

  • 散歩中に、自発的に飼い主を見る頻度が増えた。
  • 吠えない距離であれば、他犬がいても吠えずに落ち着いていられるようになった。
  • 車道を挟むなど環境を整えれば、吠えずにすれ違いが可能になった。
  • 散歩中に、におい嗅ぎ等、選択出来る行動の幅が広がった。

行動は、理由を理解し、状態を整え、犬自らが選びやすい行動を正の強化を用いて伸ばすことで変化します。複数の要因を読み解きながら、学習に必要な条件を一つずつ整えた結果として学習が進み、その結果、行動は変わるのです。

まとめ:行動は理解できるし、変えられる

犬の行動は、行動の結果、身体、情動、環境、過去の学習履歴等が影響して、選択実行されるものです。
行動を“問題”として扱う前に、なぜその行動が起きているのかを科学と観察で読み解くこと。それが、犬にも飼い主にも負担の少ない、もっとも確かな方法です。

中西 薫
あじな動物病院行動科代表
広島県出身
1999年 北海道大学獣医学部入学
2005年 同大学自主退学
「攻撃行動の治療家」を目指し国内外(イギリス、ベルギー、トルコ、デンマーク、アメリカ、オランダ)で修行
2014年 あじな動物病院行動科開設
    (広島県廿日市市)