食べ物は、正しく理解して用いれば、犬との信頼関係を損なうものではなく、むしろ信頼を形成する手段の一つである。本稿では、その理由を「異種動物」という前提と「薔薇色の関連付け(古典的条件付け)」の視点から整理する。

犬のしつけやトレーニングの世界では、
「食べ物を使うと信頼関係が築けない」という意見を、必ずと言っていいほど耳にします。
では、これは本当でしょうか。
Q:愛犬と信頼関係を築くためには、食べ物は使わない方がよい?
A:×。理解して使えば、食べ物は信頼形成に役立つ。
理解するためのキーワードは、ふたつ。
「異種動物」と「薔薇色の関連付け」です。
異種動物であるという前提

人と犬は種が異なる異種動物です。
そのため、コミュニケーションの方法も異なります。
どんなにがんばっても、人が言葉で伝えたいことを全て伝えることは出来ません。「私を信頼していいよ。信頼してね。」と言っても、伝わりません。
では、どうやって大切な愛犬との間に信頼を築けばよいのでしょうか。そもそも、信頼とはなんでしょうか。
犬自身が「この人を信頼しています。」と言葉で伝えることは出来ませんが、犬のコミュニケーションツールであるボディランゲージで、犬が私たちを信頼していることを推し測ることは出来ます。
それが最もよく見られる場面のひとつが、
犬が戸惑ったり、困ったり、怖がったりしている場面です。
犬は、不快なものが現れた時に、信頼している相手の側に寄ったり、助けを求めたりします。(※側に寄らないから信頼していないということではありません。)

その時、犬のボディランゲージからは、恐怖や戸惑いの色が薄れ、安堵の表情が濃くなります。
レッスンではよく、「犬が出しているSOSのサインに気づいて、適切な助け舟を出せるようになりましょう。」とお伝えしています。
困っていたら、困っていることに気づいて、それ以上困らないように助けてもらえた。この経験を通して、犬は困った時に誰に助けを求めたらよいかを学びます。その経験が積み重なって出来上がるのが、信頼です。
薔薇色の関連付け
犬は自分では日々の糧を調達出来ません。
誰かにご飯をもらう必要があります。
私たち飼い主の最大の仕事は、愛犬に日々の糧、つまり食事を提供し続けること、と言えるかもしれません。
食べ物は、全ての犬にとって生きるために必要なもので、犬の脳にとっては、無条件に「良い」物です。(学術用語では、快情動を惹起する無条件刺激と呼ばれます。)
食べ物をあげると、犬の脳は幸せで、まるで薔薇色に染まります。その薔薇色の時、犬の側にいるのは飼い主さんです。飼い主さんの姿を見て、声を聞き、においを嗅いでいます。
この経験を繰り返すと、食べ物がなくても、飼い主さんがいるだけで、薔薇色の気持ちが生まれるようになります。
これが「薔薇色の関連付け」です。(学術用語では古典的条件付けと呼ばれる現象です。)

目的なくただ食べ物を与えるのではなく、飼い主を大好きになるように、食べ物の力を活かすこと。特に犬が困っている時に、気づいて助け舟を出す。その手段の一つとして、上手に食べ物を用いること。
これは、信頼を損ねるどころか、異種動物である犬との間に確かな信頼を育み、その信頼を何層も重ねていく方法です。
(※関連記事:正の強化は、しつけ方法でなく仕組み/ご褒美を決めるのは犬である)
「食べ物で困っている」という相談の本当

レッスン現場に長く身を置き、様々なお悩みを伺ってきました。
愛犬との絆作りにおいて「食べ物で困っている」という飼い主さんは実に多くいらっしゃいます。
ですが、その多くは、食べ物をあげる以外に
どう遊んでいいかわからない
どう教えていいかわからない
どうコミュニケーションを取ればいいかわからない
という、
「食べ物をあげる以外に、どうしたらいいかわからない」ことが原因である場合がほとんどです。
そして悩んでいるうちに、「食べ物を使うから心がつながれない」と、悩みそのものが別の形に変わってしまう様子です。
最後に

愛犬と心をつなげる方法は無限大にあります。
まだ、ご存知ないだけです。
その方法を探し、見つけ、お伝えするために、犬の行動のプロが案内するクラスはあります。
食べ物を嫌うのではなく、上手に使いながら、愛犬と心をつなぐ方法を探すこと。
愛犬を薔薇色にし、不快なものから助ける。
上手に使えば、食べ物は、あなたが愛犬と信頼を築くための大きな助けになります。
2026.Mar.
あじな動物病院行動科
FAQ|よくあるご質問
- 食べ物を使うと、犬は人を信頼しなくなりますか?
-
なりません。理解して用いれば、信頼形成を助けます。
愛犬と信頼関係を築くためには食べ物は使わない方がよい?
答えは、×です。
薔薇色の関連付け(古典的条件付け)や、犬との信頼関係がどのように形成されるのかについては、
▶ 犬の行動が変わる仕組み|行動の結果と学習の構造
に、整理しています。
この記事の監修:
中西 薫(なかにし かおり)あじな動物病院 行動科代表
【専門領域:行動科学の統合的アプローチ】
応用行動分析学(ABA)、動物行動学、脳科学、遺伝学、エピジェネティクス、栄養学、獣医学、医学など、多角的な科学的知見をベースに、犬の行動問題を紐解く専門家。
「攻撃行動の治療家」として、科学的根拠に基づき、行動変容および、診療科との連携のもと行動治療を行う。
動物と飼い主、双方のQOL(生活の質)を最大化することを使命としている。

