このページは、犬の行動をめぐる飼い主の受け止め方を、
行動の機能と学習の成立条件の観点から、臨床の視点で整理した記録である。
「ご褒美欲しさにやっている」という飼い主の訴えに対し、
食べ物が強化子として機能している状態をどのように理解するか。
強化・行動変容・動物福祉の観点から、考え方の整理を行う。
「ご褒美欲しさにやっている」は、
実はとてもラッキーなことだと、気づいていますか。
「うちのこ、ご褒美欲しさにやってるんです」
愛犬のお困り行動に悩む飼い主さんから、
この言葉をお伺いする機会は、決して少なくありません。
褒めて、主にその犬が好む食べ物をご褒美として与える教え方は、
近年、広く知られ、実際に選択されるようになってきました。
これは、動物福祉の観点から見ても、とても大きな前進です。
一方で、
「ご褒美を使うこと」に対して、
どこか引っかかりや不安を感じている飼い主さんが多いことも、
臨床の現場でははっきりと感じられます。
その代表的な表現が、
「ご褒美欲しさにやっている」
という言葉です。
褒めてご褒美で行動を伸ばす方法は、
行動学では 正の強化(Positive Reinforcement) と呼ばれます。
犬が「してほしい行動」をしている最中、
あるいはその直後に、
その犬にとって好ましい結果が随伴することで、
同じ行動が将来起こる頻度が高まる。
これが、行動が学習として成立する基本的な仕組みです。
詳しい学習の構造については、
行動の基準ページ|犬の行動が変わる仕組み
で整理しています。
ここで重要なのは、
「食べ物をご褒美として与えること」そのものではありません。
同じ食べ物であっても、犬によって反応は大きく異なります。
食べることが大好きな犬もいれば、
食べ物よりも遊びや探索の方が価値を持つ犬もいます。
よく食べる犬もいれば、
少食な犬もいます。
これは、人間と同じです。
中でも、
食べることが大好きな犬は、
ご褒美を受け取ったときに、
とてもわかりやすく喜び、興奮します。
その様子を見て、
飼い主さんがこう感じてしまうのです。
「ご褒美が欲しいからやっているのではないか」
しかし、臨床の視点から見ると、
ここで起きていることは何ら問題ではありません。
この状況は、
食べ物が強化子として、非常によく機能している状態です。
つまり、
- 行動の結果が、犬にとって明確に価値を持ち
- 行動と結果の関係が、学習として成立しやすい
ということを意味します。
これは、行動を教えること、
行動を変えていくことにおいて、
非常に有利な条件です。
食べ物を大喜びで受け取ることができる犬は、
- 学習内容が明確に届きやすく
- 行動変化に苦痛を伴いにくく
- 動物福祉の観点からも、好ましい状態にあります。
行動を変えること自体が、
犬にとって負担になりにくい。
これは、決して当たり前のことではありません。
臨床の現場で、
正の強化を行動形成や行動変容、行動治療の基盤として用いる立場から見ると、
食べ物が強化子として機能出来る犬は、
「ありがたい個体」であり、
「恵まれた個性」です。
それを、
「ご褒美欲しさにやっている」と捉えるか、
「学習が成立しやすい状態にある」と捉えるか。
違いを生むのは、
犬の行動ではなく、
それをどう理解しているか、に他なりません。
この記事の監修:
中西 薫(なかにし かおり)あじな動物病院 行動科代表
【専門領域:行動科学の統合的アプローチ】
応用行動分析学(ABA)、動物行動学、脳科学、遺伝学、エピジェネティクス、栄養学、獣医学、医学など、多角的な科学的知見をベースに、犬の行動問題を紐解く専門家。
「攻撃行動の治療家」として、科学的根拠に基づき、行動変容および、診療科との連携のもと行動治療を行う。
動物と飼い主、双方のQOL(生活の質)を最大化することを使命としている。
