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“正の強化”は、しつけ方法でなく、「仕組み(システム)」

四人の大人が耳の処置のために懸命に取り押さえようとしていた犬が、なぜわずか5分で、力による制圧を一切必要とせずにじっと待てるようになったのでしょうか。この記事では、カレン・プライア氏の著作にある実例を通じ、「正の強化」をしつけの一手法ではなく、行動の頻度を左右する学習の「仕組み(システム)」として解説します。
ポイントは、じっとすると好物のチーズが提示されることで生じる変化であること、そして、特定の振る舞いが望ましい結果に結びつくことを、犬自身が発見するプロセスであるということです。行動の直後に何が起きるか(随伴性)を精密に設計することで、強制から解放され、協力関係を築くことが可能になる、
その科学的視点をお伝えします。

Shannon, a college student, visited the home of some friends and walked in on a scene.
Four adults were trying, unsuccessfully and at some risk to themselves, to restrain the household German shepherd so the dog’s infected ear could be medicated.
Shannon, not a dog lover particularly but a student of positive reinforcement, got some cheese from the refrigerator and in five minutes trained the dog to hold still while she medicated his ear single-handed.

大学生のシャノンは、訪れた友人の家でこんな場面に出くわしました。
四人の大人が、感染を起こしている耳に薬をさそうと、
家族のジャーマン・シェパードをなんとかして取り押さえようとしていたのです。
特別の犬好きではありませんでしたが、正の強化を学ぶ学生だったシャノンは、
冷蔵庫からチーズを取り出し、片手で耳に薬をさす間じっとしていられるよう、
ものの5分でそのジャーマン・シェパードをトレーニングしてしまいました。

DON’T SHOOT THE DOG!
THE NEW ART OF TEACHING AND TRAINING
Karen Pryor


2026年1月、新しい年の幕開けに際して、
月間行動コラムで飼い主の皆さんに問いかけたのは、ご褒美についてでした。

「ご褒美(特に、食べ物のご褒美)って何のために使っているのでしょう?
ご褒美って、何の役割を果たすものでしょう?」

1月は行動科インスタグラムでも、同じテーマのもと、動画やカルーセルといった投稿をご紹介しました。
たくさんのコメントやご質問をお寄せいただき、ありがとうございました。

その中で、「“正の強化”という言葉が、いまひとつピンとこない」というコメントが特に多く寄せられたことが、非常に印象的でした。

2月にご紹介する犬の行動についての名文章は、カレン・プライアさんの名著からです。

カレン・プライアさんは、動物のトレーニングの世界に“正の強化”の概念をもたらし、
具体的な手技手法とともに、動物種の垣根を超えて世界中に広めた第一人者です。

私たち、日本で犬のみならず動物に“正の強化”を用いた教育を行う意思を持つ者は皆、
カレン・プライアさんのおかげで“正の強化”に出会えたと言っても、過言ではありません。

さて、ご紹介した文章の中で起こっていることは、“正の強化”であると、恐らくは(※1)言えるでしょう。

理由は、

・シャノンが“正の強化”を大学で学び、知っているから
・シャノンが“正の強化”を起こすという目的を持ってジャーマン・シェパードに働きかけているから
・結果的にジャーマン・シェパードがじっとしていられるようになった(=行動が変化した)から

です。

“正の強化”とは、正確には、とある個体に起こった「事象変化」のことを表します。

これが、特に犬のしつけ・訓練・トレーニングの世界では、
「同じことで困っている飼い主が、これと同じことをすれば、同じように5分間で出来るようになる万能のしつけ方法」と誤解されやすく、実際、世界中でまだ誤解され続けています。

カレン・プライアさんがこの名著を世に送り出したのは1984年。
そんな頃からすでに、動物に“正の強化”を用いて行う教育が存在していたとは、驚きです。

ですが、もっと驚きなのは、それから41年が経過した2026年現在でも、なお誤解され、
「“正の強化”は、あの犬には効くけど、あの犬には効かない」
などと言われているということです。

“正の強化”が、万能のしつけ方法と誤解されていく過程を、正の強化を駆使する臨床現場に立つ者として考察してみると、以下のような具合です。

◆「“正の強化”って、すごいらしい。犬にとっても良いらしい。」

それは、間違いありません。

◆「“正の強化”って、誰にでも出来るらしい。どの犬にでも、出来るらしい。」

これも、ほぼ間違っていません。(医学的例外が存在する(※2)ので、「ほぼ」です。)が、
逸れていくのは、ここからです。

◆「ご褒美を使うのが、“正の強化”らしい。」

うーん。ちょっと違います。ズレ始めました。

「ご褒美を与える」という認識、そして「ご褒美をもらえた」という認識は、正の強化が起こるためには必要ありません。(※3)

◆「食べ物を使って教えるのが、“正の強化”らしい。」

いや、違います。“正の強化”と食べ物は、本来イコールではありません。

そして、これらがこんがらがって、こうなります。

◆「食べ物をご褒美に与えるのが、“正の強化”だ。」

いやー、もう完全に別物になってしまいました。

こうなると、
「食べ物なんか使いたくない」
「食べ物を使わないのが本当のしつけだ、教育だ」
「どうせ食べ物で言うこと聞かせてるだけだろう」
「食べ物が無いとやらない犬にしてしまうものだ」

と、いろんな怪情報や迷信や誤解や憶測が飛び交い、訳のわからない事態になってしまいます。

それがいかに人にも犬にも動物にも、勿体ない事態であるか、とても言い表せません。

では、“正の強化”とは、一体なんでしょうか。

“正の強化”とは、学習の仕組み・システムです。

“正の強化”とは、そもそも、
「変化を与える(=正)という働きかけによって、行動が現在から未来に向かって増えていく(=強化)」
という現象のことを表します。(注:学術用語をなるべく省いた簡易的な説明です。)

犬の行動で説明すると、
「とある犬に、その犬がとある行動をした時に、何か変化を与える(=正)ことを続けると、
犬がとある行動を、現在よりも未来に、より行う(=強化)ように変化する」
という現象のことです。

正確に説明するとわかりにくくなり、日常の言葉でわかりやすく説明すると「万能のしつけ方法」と誤解されやすくなる。
それが、この“正の強化”の解説の難しいところでもあります。

では、シャノンとジャーマン・シェパードのケースで、この“正の強化”を、いま一度振り返ってみましょう。

シャノンのケースでは、
ジャーマン・シェパードは「じっとする」(※4)という行動を、シャノンが“正の強化”を目的に働きかける前は出来なかった。
にも関わらず、5分間のシャノンの働きかけの後、出来るように変化しました。

言い換えると、
ジャーマン・シェパードが「じっとする」(※4)という行動を行った時にのみ、シャノンから、恐らくはジャーマン・シェパードの好物であったチーズ(※6)が与えられます。

好物のチーズは、「じっとする」行動以外では与えられません。

「じっとする」行動をした方が、このジャーマン・シェパードにとっては、恐らく圧倒的に好ましかった(※7)ため、ジャーマン・シェパードはますますじっとするようになり、
その結果として、シャノンが片手で感染を起こしている耳に薬をさすことが出来る時間まで、じっとする時間が伸びました。

それが、5分間の働きかけの間に起きた、ということです。

このケースでは、
とある動物は、ジャーマン・シェパード
とある行動は、じっとする
その時与えられた変化は、好物のチーズ

結果、
じっとする行動は頻度が増え、時間も伸びた。
つまり、“正の強化”という現象が起きた、ということです。

いかがでしたか。
“正の強化”は事象変化であること、ピンと来られましたでしょうか。

「やっぱり難しいよ!」
読者の皆さんの声が聞こえてくるようです。

2月も、これからも、あじな動物病院行動科では、
この素晴らしい“正の強化”の正体とその魅力について、さまざまな角度からご案内していきたいと思います。

ここは犬の「本当」に出会える場所。
あじな動物病院行動科より、2月の行動コラムのお届けでした。

行動が変わる仕組みについては、
中西薫の行動大全
🔗「犬の行動が変わる仕組み」もあわせてご参照ください。

プラス➕ワン🐾

“正の強化”についてもうピンと来ている方のために、本文※箇所に設問をご用意しました。
行動学が大好きな方は、ぜひ挑戦してみてください。

なお、挑戦した結果は、あじな動物病院公式LINEまでメッセージしていただけましたら、
代表 中西薫が拝見いたします。
ぜひご挑戦をお寄せください。

※1
この文章中で起こっていることを、“正の強化”であると断定することは、正確には出来ません。
それは一体なぜでしょうか?

※2
「正の強化は誰にでも出来る。どの犬にでも出来る。」この、特に医学的例外とは、一体何でしょうか?

※3
「ご褒美を与えた」という与える側の認識、また、「ご褒美をもらった」という受け取る側の認識は、共に“正の強化”が起こるためには必要ありません。それは一体なぜでしょうか?

※4
オペラント条件付けの“正の強化”の厳密な定義では、実は「じっとする」は対象の行動に該当しません。それは一体なぜでしょうか?
では、どのような行動が対象の行動となるのでしょうか?

※5
ジャーマン・シェパードに、シャノンから与えられた変化は、実はチーズだけではない可能性の方が高いのですが、それはなぜでしょうか?
他には、どんな変化がシャノンから与えられることが、現実的に考えられるでしょうか?
(1984年のアメリカが舞台です。)

※6
シャノンが友人宅の冷蔵庫から取り出したチーズを、この場合、ジャーマン・シェパードが食べたことは疑いのない事実です。
が、このチーズが「好物」であったかどうかは、疑いの余地があります。それは一体なぜでしょうか?

※7
シャノンのケースでは、ジャーマン・シェパードが耳に薬をさす間じっとすることが出来たのは事実です。
が、それは果たして、「じっとする行動で得られるチーズを食べるという結果が、圧倒的に好ましかったから」と断定出来るでしょうか?
他には、どんな要因が考えられるでしょうか?

2026.Feb
あじな動物病院行動科

この記事の監修:
中西 薫(なかにし かおり)あじな動物病院 行動科代表

【専門領域:行動科学の統合的アプローチ】
応用行動分析学(ABA)、動物行動学、脳科学、遺伝学、エピジェネティクス、栄養学、獣医学、医学など、多角的な科学的知見をベースに、犬の行動問題を紐解く専門家。

「攻撃行動の治療家」として、科学的根拠に基づき、行動変容および、診療科との連携のもと行動治療を行う。

動物と飼い主、双方のQOL(生活の質)を最大化することを使命としている。

中西 薫
あじな動物病院行動科代表
広島県出身
1999年 北海道大学獣医学部入学
2005年 同大学自主退学
「攻撃行動の治療家」を目指し国内外(イギリス、ベルギー、トルコ、デンマーク、アメリカ、オランダ)で修行
2014年 あじな動物病院行動科開設
    (広島県廿日市市)