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犬の行動形成トレーニングとは何か #6

行動形成トレーニングの定義

行動形成トレーニングとは、随伴性(Contingency)に基づき、犬のある特定の行動の生起条件(弁別刺激)および出現頻度を変化させる教育手法である。

人間がある特定の合図を出したときに、犬がその合図と関連づいた特定の行動を自ら安定して行う状態を目標とし、そのために環境刺激と行動の関係を犬に経験学習させていく。

行動形成トレーニングではまず、特定の行動(Response)が生起した直後あるいはその最中に、犬にとって報酬と呼ばれる、価値のある刺激(Stimuli)を与える。

具体的には、

特定の行動(R)
→ 人からの喜びの感情(社会的報酬)+褒め言葉(報酬の合図)
→ 報酬

という随伴を繰り返し犬に経験させる。

このとき与えられる刺激は、犬にとって好ましい結果として作用し、その結果、特定の行動(R)の将来の生起頻度は高まる。

これは、オペラント条件付けにおける正の強化(Reinforcement)に該当する。

この随伴を十分な回数と期間にわたって経験し、犬がその行動を安定して実行できるようになった段階で、はじめて特定の刺激である合図(Cue)を提示する。

その後、

特定の合図(S)
→ 特定の行動(R)
→ 人からの喜びの感情+褒め言葉
→ 報酬

という随伴を繰り返し経験し学習することで、特定の合図と特定の行動が関連づく。

この過程を経て、最終的に、特定の合図を提示すると犬が特定の行動を安定して行う状態が成立する。

行動形成トレーニングとは、このように、刺激と行動の関連を基盤とし、オペラント条件付けの正の強化の手法によって特定の行動の生起頻度を高め、その後に合図という刺激を関連づけることで、合図により引き起こされる行動を形成していく犬への働きかけである。

行動形成トレーニングのメカニズム

行動形成トレーニングのメカニズムは、刺激と行動の関連によって、犬の行動選択が変化していく過程である。

犬はさまざまな行動を行うが、その行動を行ったことに付随して、犬にある結果が返ることで、その行動の将来の生起頻度は変化する。

行動形成トレーニングにおいては、ある行動を犬が行った際に、報酬と呼ばれる犬にとって価値のある刺激が犬に与えられることで、その行動の生起頻度は増える。これは、オペラント条件付けで、正の強化と呼ばれる事象である。

強化された行動は、当然、同様の状況において再び犬に選択されやすくなる。

行動(R)
→ 結果としての好ましい刺激(S)
→ 将来、その行動の生起頻度が高まる
= 正の強化

このような随伴を繰り返し経験することで、犬は、特定の行動を、その後の同様の状況において再び選択しやすくなるので、行動形成トレーニングで目標とする、とある行動の生起頻度も自ずと高まるのである。

以上が、行動形成トレーニングのメカニズムである。

行動形成トレーニングと自己決定権(Agency)


行動形成トレーニングにおいて、刺激と行動の随伴を、犬は経験し学習する。なかでも、行動の最中かその直後に起こる刺激変化、つまり結果との関連を経験、学習することは、犬にとって大きな意味を持つ。

行動形成トレーニングにおいて、犬が行う行動の結果として、人間から犬に与えられる刺激は、人の喜びという感情、報酬の出現を意味する褒め言葉、そして、その犬にとって価値のある報酬という、全てが犬にとって好ましい刺激である。

つまり、行動形成トレーニングの学習過程で犬は、自分の行う行動が、自分の欲するもの、結果をもたらす力を持つことに気づくのである。言い換えると、犬が自分の行動の価値を知る、ということだ。

自分の行動の価値を知ることは、英語ではAgency(エージェンシー)と呼ばれ、日本語では「自己決定権」や「自己主体性」などと訳される。

この、己の行動の価値に気づく経験の有無、つまり、エージェンシーの有無は、それが人であれ犬であれ、一個体が感じる幸福度を引き上げたり、高く保ったりするために、とても重要なポイントである。

行動形成トレーニングで養われるこのエージェンシー(自己決定権)と呼ばれる力は、恐ろしい体験から個の心身の健やかさを守る「免疫」に例えられることもあり、それゆえ、エージェンシーを犬に養うことのできる行動形成トレーニングは、「免疫トレーニング(Immunization training)」と呼ばれることもある。

これは、行動形成トレーニングを通じて、犬が自分の行動には価値がある、自分の望む良い結果を自分にもたらすことが出来ると経験し学習することで、日常生活で不意に恐怖や不安に襲われた際に(例えば突然の激しい落雷を見聞きするなど。)、その恐怖や不安になす術もなく打ちのめされるのではなく、自ら不快な物から逃れられるように行動することを根本的に助けることに、由来する。

このエージェンシー(自己決定権)の観点から、行動形成トレーニングは、犬が恐怖や不安に打ち勝つことを、根本から支えるのである。

行動形成トレーニングと回復力(Resilience)

行動形成トレーニングで養われるエージェンシー(自己決定権)と呼ばれる力は、不意に襲ってくる恐怖や不安に犬が打ち勝つことを可能にするが、それだけではない。

行動形成トレーニングを通じて、自分の行動には価値がある、自分の望む良い結果を自分にもたらすことが出来ると犬が経験し学習することで、たとえ、恐怖や不安を感じ、心身にダメージを受けたとしても、そのダメージから回復し、通常の状態に再び戻る、つまり回復することも、行動形成トレーニングは助け、可能にするのである。

この回復力のことを、Resilience(レジリエンス)と呼ぶ。

行動形成トレーニングは、犬にエージェンシー(自己決定権)、そしてその結果としてのレジリエンス(回復力)をもたらすことで、犬が自ら考え、動き、心が幸福で、怖がりにくく、怖い経験をしてもそこから素早く確実に回復することが出来るよう、犬を助け、育てることが出来るのだ。

行動形成トレーニングの効果

行動形成トレーニングは、行動と、その行動に付随して生じる好ましい刺激との随伴を通じて、犬の身体・認知・行動・関係性に影響を及ぼす。
以下に、その主な作用を分類して示す。

なお、科学による解明が進めば、これら作用はさらに増えていくであろうことが予測される。

犬の身体への効果

行動形成トレーニングを通して、運動する機会と食事を見直す機会が生まれるため

1|愛犬の「暇」を解消する

Boredom-based problem
暇ゆえの問題行動
という言葉が世界にあるくらい、現代の生活では、犬は暇を持て余している。

素晴らしい頭と体を持て余すと、どうしても、しなくてもいい困った行動をしてしまう。
それが、私たちの愛犬が置かれた状況である。

行動形成トレーニングは、いつでも、どこでも、飼い主が愛犬と行えるため、現代を生きる愛犬の「暇」の解消にはうってつけである。

しかも、おもちゃ遊びなどとは異なり、普段使わない頭脳を、めいっぱい使わせてあげることが出来る。

2|体を動かす機会を作る

暇を持て余している現代の犬は、もちろん運動不足である。
部屋の中でじっと寝ているだけでは、あっという間に筋力も筋肉も落ちてしまう。

行動形成トレーニングは、この現代の愛犬に、室内で動く機会を、いつでも作ることができる。
また、右前足、や、左後ろ足、のように、意図的に使う体の部分を選べば、普段の生活で愛犬があまり使わない体の部分を、安全に使わせることもできる。

3|食事を見直し、体づくり

行動形成トレーニングでは、愛犬がして欲しい行動をした時に、褒めて、愛犬が望む報酬を与える。
報酬は、好物の食べ物でも、好きなおもちゃでも、楽しい遊びでも、愛犬が喜ぶものなら何を与えてもよいが、やはり飼い主が圧倒的に使いやすいのは、食べ物である。

行動形成トレーニングで、愛犬に報酬の食べ物を用意する際に、飼い主は改めて、愛犬の好きな食べ物とは何かを考える。
そして、どんな食べ物が愛犬にあっているのかということについても、あわせて考えるようになる。

4|太る、は間違い

「食べ物をご褒美に与えるしつけは犬が太る」
とよく言われる。
だが、それは事実ではない。

食べ物を報酬として犬に与えるトレーニングは、飼い主に、愛犬に与える食べ物を一から見直す機会を与える。そして結果的に、食事やおやつも見直され、太るどころか、むしろ愛犬は健康になることのほうが圧倒的に多い。

認知への効果

行動形成トレーニングを通して、脳と体を同時に使う機会が生まれるため

5|衝動にブレーキをかける

行動形成トレーニングで、犬は、欲しい褒め言葉と報酬を飼い主から引き出せる行動はどの行動かを、動きながら考える。つまり、脳と体を使う。

この時、脳の中の前頭前野と呼ばれる部位が使われ、活性化するが、前頭前野は主に、本能的欲求や衝動を理性でコントロールすることを司る部位である。

行動形成トレーニングは、犬に前頭前野を楽しく使い鍛える機会を作ることで、犬が衝動に自らブレーキをかけることができるよう、飼い主が愛犬を育てることを、助けるのである。

6|脳の認知機能を守る

脳神経は、使われると目覚めて増えるという特長を持っている。
逆に、使われないと、萎縮してその機能は低下してしまう。

脳を守り、その機能を守り、最後まで愛犬が愛犬でいられるよう助けるには、楽しく脳を使い、同時に体を使うことが必要である。
この全てが、飼い主が自宅で愛犬と楽しみながら行動形成トレーニングを行うことで、叶うのである。

行動への効果

行動形成トレーニングでは、特定の行動が強化され、犬が選択できる行動が増えるため

7|行動のレパートリーを増やす

行動形成トレーニングは、犬が普段の生活ではあまりしない行動や、自らは行うことがない行動などを、報酬とともに教え、伸ばすことができる。

合図→行動→褒め言葉→報酬

随伴と呼ばれるこの関連を、行動形成トレーニングの中で繰り返し犬が経験することで、普段の生活ではあまりしなかったり、自ら行わない行動でも、犬がその行動を選んで行うよう導くことができる。

8|そして困った行動が解決する

犬の行動のレパートリーが増えるということは、困った行動を選択する確率が下がる、ということを意味する。
つまり、これまで犬が行ってきた困った行動が、起こりにくくなるということである。

例を挙げてみると、
室内で犬が暇を持て余しているとする。
飼い主が電話で話そうとすると、なんとか飼い主にかまってもらおうとして、ワンワン吠える。

この犬に、行動形成トレーニングでいろいろな行動を楽しく教える。
例えば、床に置いてあるおもちゃをくわえて、飼い主に持ってくる行動
例えば、おもちゃ箱に片付ける行動
例えば、自分のマットに伏せる行動

以前同様に吠えたときはかまわず、吠える以外の教えた行動をしたら、褒めて報酬を与えて、かまうようにすると、吠えるのではなく、吠える以外の「飼い主に通用する行動」を犬が選び行うようになる。
そして、電話の時にかまって欲しくて吠えるという飼い主にとっての問題は解消する、vという流れである。

関係性への効果

行動形成トレーニングでは、人が犬に出す褒め言葉や合図が、行動の結果として犬に与えられる報酬、つまり犬にとって好ましい刺激と関連づくため

9|飼い主さんをもっと好きになる

行動形成トレーニングは正の強化のみで行われるため、犬にとっての失敗が存在しない。
行動形成トレーニングを行ってくれるのは、飼い主であり、喜びと共に褒め、報酬を与えてくれるのも、飼い主である。

行動形成トレーニングを行う飼い主のことを、犬がもっと好きになるのは、自然なことなのだ。

10|聴く耳を育てる

行動形成トレーニングでは、合図と、褒め言葉、つまり、その後に犬にとって良いことが起こることを犬に知らせる音は、すべて飼い主の口から発せられる。

飼い主の口から、犬にとってわかりやすく、好ましい合図、そして、自分の欲しい報酬が与えられることを知らせる褒め言葉を、頻回にかけられるようになると、犬に育つのは、飼い主の声に耳を傾けたいという意欲である。
この意欲のことを、あじな動物病院行動科では、「聴く耳」と表現している。

11|そして生活が便利になる

行動形成トレーニングで、飼い主の声に「聴く耳」が犬に育つと、飼い主と犬との日常生活はとても便利になる。

例えば、屋内では、物音に吠えるときに飼い主のもとに呼び戻しやすくなったり、何か見つけたものに犬が興味を持って破壊しそうなときに、呼び戻しやすくなったり、もちろん、おすわりやふせ、上がって・降りて、入って・出てなどの、場所や姿勢、移動を指示する合図なども、犬に届きやすくなる。

屋外でも、名前を呼んだときに、犬の意識が飼い主に戻りやすくなったり、おすわりやふせ、待ってなどの指示が届きやすくなったりする。

心の健やかさと動物福祉への効果

行動形成トレーニングを通して、エージェンシーとレジリエンスが養われるため

12|心の幸福度を上げる

自分の行動価値を知ることは、英語ではAgency(エージェンシー)と呼ばれ、日本語では「自己決定権」や「自己主体性」などと訳される。このエージェンシーは、犬に限らず、すべての動物の心の健全性を守るという動物福祉の観点から、最も重要といっても過言ではない事柄である。

行動形成トレーニングでは、犬はやってもいいしやらなくてもいい、途中でやめてもいい。基本的にどんな行動をしてもよく、失敗も存在しない。

これは、「自己決定」の作業以外の、何物でもない。
行動形成トレーニングは、犬がエージェンシーを得て行動する、とても数少ない、貴重な機会なのである。

13|恐怖に打ち勝つ力を養う

行動形成トレーニングで犬は、
「自らが行う行動には、周囲の環境を、自らが望む方向に変える力がある。」と学ぶ。

この経験は、犬の一生で不意に現れる、犬にとって理解不能だったり、不快だったり、恐ろしかったりするものや出来事などを、犬がストレスに感じずやり過ごす力、すなわちストレスへの耐性を培う。

14|恐怖から立ち直る力を養う

行動形成トレーニングで犬は、

「自らが行う行動には、周囲の環境を、自らが望む方向に変える力がある。」と学ぶ。

それにより、犬の一生で不意に現れる、犬にとって理解不能だったり、不快だったり、恐ろしかったりするものや出来事などを、犬がストレスに感じた時に、そのストレスから立ち直り、再び元の状態に戻る、すなわち回復することができるようになる。

この回復力は、英語では Resilience(レジリエンス)と呼ばれる。
行動形成トレーニングは犬にエージェンシーを与え、その結果として、犬はより豊かな「回復力」も手に入れる。
これも、行動形成トレーニングの隠された、しかし偉大な、効果なのである。

行動形成トレーニングで重要な条件

行動形成トレーニングで、犬自身が楽しみながら、さまざまな力をつけていくためには、絶対に押さえなければならない、肝心な事柄がひとつある。
それは、犬が成功する割合、つまり成功率を常に80%以上に保つということである。成功とは、強化子が与えられるということ。成功率とは、つまり強化率のことを意味している。

さあ、これを教えてみようと飼い主が思っても、待てど暮らせど一向に犬がその行動を行わない。よって、ごくたまにしか褒められない。

これでは、そもそも犬は退屈であるし、飼い主が犬にどの行動をして欲しいと望んでいるのかも犬には伝わらない。それだけでなく、犬はめったに報酬にありつけないので全く楽しくない。

飼い主がして欲しいと願っている正解の行動に、犬が気づくためには、10回中8回、すなわち80%以上の確率で、その行動を犬が繰り返しスムーズに行えるよう、環境設定など準備を工夫したり、プロンプトと呼ばれるヒントを出すことで補助したり、教える行動を目標とする行動に対して段階的に簡単なものにしたり等、教える人間側がどのような工夫を凝らしたらいいかを、理解できていることが必要なのである。

行動形成トレーニングに関する誤解

SNSの普及により、現在はいろいろなトリックの教え方の一部を、動画で見ることができるようになった。
だが、他の誰かが、他の犬に教えた方法を、そっくりそのまま真似ただけでは、犬と行動形成トレーニングを行う意味が薄まってしまうと言わざるを得ない。
それだけではなく、その真似た方法が偶然うまく当てはまらなかった場合に、やっぱりうちの犬はダメなんだ、動画の犬より賢くないんだと、飼い主が他の犬と愛犬を比べ、落ち込んだり自信をなくしてしまうことにつながることも少なくないと、実際の臨床現場で感じている。

しかし、これまで、あじな動物病院行動科のレッスン現場で、行動形成トレーニングを案内し、行った飼い主には、行動形成トレーニングが出来ない方はひとりもいなかった。
また同時に、これまで中西薫は「行動形成トレーニングができない賢くない犬」に、ただの一頭も出会ったことがないと断言する。
行動形成トレーニングをまだ知らない飼い主と犬はいても、できない飼い主と犬はいない。できないのは、何を、何の目的で、どのように行うかを、知らないだけである。

どのように教え、犬を目標とする行動に導けばいいかを、教える人間が理解し、必要な練習を行ないさえすれば、犬はみな、自ら考え、自ら動き、そして求める行動にたどり着くことができるのだ。


あじな動物病院行動科 中西薫

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